東京高等裁判所 昭和35年(う)1254号 判決
被告人 山田鉄次
〔抄 録〕
論旨第一点について。
原判決挙示の証拠によれば、被告人は原判示大平住宅株式会社の契約主任として野沢たねとの間に原判示の如き建物月賦販売契約を締結したところ、原判示の如く金銭に窮した結果、原判示第一ないし第三の如く同人を欺罔して手数料名下に金員を騙取し、又は受け取つた着手金等を自己の遊興費等に費消してしまつたが、野沢は元来性温厚で人情深く終始被告人に厚情を示し信用しているのを奇貨とし、同人から度々建築工事の着手方を催促されるや、その都度或は工事の着手には建築主任の認可がいるとか、建築主任の検査がいるが同人は多忙ですぐ来られないから待つてくれとか種々口実を設けて工事着手の遅延していることをいいのがれてきたが、昭和三十四年十一月末野沢から会社に催促の電話があり、いよいよ自己の不正が発覚する虞が増大して来たことを苦慮するに至つた折柄、同年十二月二日午後一時二十分頃被告人は再度金員費消の事実が発覚しないように言訳をしその場を糊塗せんと野沢方に至つたところ、同家八畳間において「野沢は今日建築主任が来てくれなければ会社に座り込みにでも行つて、建築の方に早く工事をやるように願うか、それができなければ解約でもしようかと思う」といつて被告人を見てニタツと笑うような様子を見せたので、被告人は自己の心中がすつかり見透かされて悪事は露見したものと思い、どうにでもなれという気持から俄に殺意を生じ所携のパールをもつて原判示の如く野沢の頭部をくりかえし殴打して昏倒せしめたが、同人の悲鳴をききつけて近隣の人がかけつけてきたので殺意の目的を達しなかつた。その際たまたま同家八畳間の机の上に血に汚れたビニール袋入の領収証等があるのが目についたので、これが犯罪発覚の手がかりになるものと思いつき、これを奪つて逃走したことが認められる。
所論は、被告人には原判示の如き計画的な殺意はなかつた旨主張する。
なるほど被告人は前記認定の如く野沢を殺意をもつて暴行し未遂に終つたことは認められるけれども、原判示の如く被告人が自己の不正発覚を防止するため野沢を殺害した上領収書を奪取せんと企てたこと及び殺害の目的をもつて勤務先からバールを携えて野沢方に赴いたとの点については記録上これを十分に裏付けるに足る証拠は存在しないから、この点に関する原判決の認定は誤謬を犯したものといわざるを得ない。結局この事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、ひつきよう原判決は破棄を免れない。論旨は結局理由がある。
しかして強盗の目的をもつて、その手段として人を殺害したときは強盗殺人罪を構成(もし殺人が未遂に終つたときは強盗殺人未遂罪を構成)することは明らかであるが、殺意をもつて暴行したが殺害の目的を達せずして逃走せんとするに当り、その場にあつた被害者の占有する財物を侵奪して逃走したときは、殺人未遂罪と窃盗罪の二罪を構成するものであつて、強盗殺人未遂罪を構成するものとはいえない。しかるに原判決は事実を誤認した結果被告人の本件所為は強盗殺人未遂罪を構成するものとして刑法第二百四十条後段、第二百四十三条を適用処断したことは結局法令の適用を誤つたものといわざるを得ない。よつて原判決が破棄を免かれない以上論旨第二点についてはこれが判断を省略して、刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十二条、第三百八十条に則り原判決を破棄すべく、尚強盗殺人未遂罪の起訴を殺人未遂罪と窃盗罪の二罪に認定するには訴因変更を要しないものと認められるので、同法第四百条但書により更めて次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は昭和三十二年三月頃静岡市鷹匠町一丁目二十一番地太平住宅株式会社静岡営業所静岡第一支部外務員として入社し、やがて同所契約主任になつたものであるが、同三十三年十二月中旬頃から同三十四年九月に至る迄の間前後四回に亘り同市安東三丁目百三十番地野沢たね(明治四十年六月二十生)と契約金合計二百六十万円の建物月賦販売契約を締結したところ、その頃酒色を覚え金銭に窮したため、
第一、前記野沢が建築工事を急ぐのを利用して金員を騙取しようと企て、同三十四年四月二十五日同女方において、真実会社に入金する意思がないのにあるもののように装い、「会社では皇太子御成婚記念として建物月賦販売の特別募集をしているが、今少し入金してくれれば最初の契約をこれに変更して規定より早く建築に着手する」旨虚偽の事実を申し向けて同人をしてその旨誤信させ、よつて即時同所において同女より特別給付契約手数料名下に現金二万三千円を交付させてこれを騙取し、
第二、同年五月二十八日右野沢方において、同女よりアパートの敷地の外枠コンクリート工事を依頼されてその工事代金として現金二万一千円の交付を受け、これを同女のため預り保管中、その頃前記静岡営業所において遊興費等に費消する目的をもつてほしいままに着服して横領し、
第三、同年七月十四日より同年十一月十四日までの間前後四回に亘り右野沢方において、同女より建物月賦販売契約の着手金等を会社に入金するよう依頼せられて合計三十六万八千円の交付を受けて、これを同女のため預り保管中、その都度前記静岡営業所において、遊興費等に費消する目的をもつてほしいままに着服して横領し、
第四、前述のように被告人は僅か数ケ月の間に野沢たねより、二万三千円を詐取し、また、建物月賦販売契約の着手金として受け取つた金員のうち三十八万九千円位を遊興費等に費消し右営業所に入金しなかつたため、同三十四年九月頃よりしばしば同女より建築工事の着手を促されたが、もとより約旨の通り履行し得る筈もないので、工事の着手には建築主任の認可がいるとか、建築主任の検査がいるが同人は多忙ですぐ来られないから暫く待つてくれとか、いずれ建築主任と判るとか種々口実を設けては工事着手の延引につき言訳をすると共に右金員費消の事実が発覚しないように極力腐心していたが、同年十一月末同女から前記会社に催促の電話があつたので、いよいよ自己の不正が発覚する虞が増大して来たことを苦慮するに至つた折柄同年十月二日午後一時二十分頃金員費消の事実が発覚しないように再度言訳をしようと考え同女方を訪れ、同家八畳間に至り、机を前にして座ろうとしているとき、火鉢の火加減をみていた同女が、建築主任がこないことを咎め会社に座り込みに行くとか、契約を解除するとかいつて、被告人を見上げニタツと笑ふような様子を見せたので、被告人は前示金員費消等の事実が露見したものと思い込み、俄に殺意を生ず、突如所携のバールをもつて同女の頭部、顔面等を殴打し、更に室内を逃げ廻る同女を追つて執拗に頭部等の殴打を繰り返えし、遂に同女を庭先に昏倒せしめたが、同女の悲鳴を聞いて隣人が駆けつけたため、同女に対しては全治不明の頭部顔面裂創及び打撲傷、左眼球鞏膜裂創、両手裂創及び打撲傷、右示指第一指骨骨折等の傷害を与えたにとどまり殺害の目的を遂げなかつたが、逃走に際し前記八畳間の机の上にあつたビニール袋入の着手金領収帳四冊、着手金領収帳受領証二枚、着手金領収証四枚、挨拶状二枚、建築設計図一枚を窃取したものである。
(三宅 東 井波)